病院との違いと、介護現場でのリハビリの視点とは?
理学療法士(PT)の資格を持つ方が、通所介護(デイサービス)や特別養護老人ホームなどの介護保険施設で機能訓練指導員として働くことは、近年ますます一般的になってきました。しかし、病院やクリニックなど医療機関における「リハビリテーション科」での業務と、介護現場での機能訓練は大きく異なる点があります。
この記事では、理学療法士としての専門性を活かしながらも、介護保険制度の枠組みで働く際の注意点や心得るべき違いについて、制度的背景も含めて詳しく解説します。
医療的なリハビリテーションと介護施設での機能訓練の違いとは?
理学療法士は、運動療法や物理療法を通じて、関節可動域の改善や筋力回復、歩行能力の向上など、身体の機能回復を専門としています。病院でのリハビリテーションは「治療」の一環として行われ、医学的根拠に基づく訓練プログラムの提供が求められます。
一方、介護保険施設における機能訓練は、「生活機能の維持・向上」や「自立支援」が主な目的です。ここでは、治療的なリハビリではなく、生活に直結した動作(立ち上がり、歩行、トイレ動作など)の支援が中心になります。
比較項目 | 医療機関(病院・クリニック等) | 介護保険施設(通所介護等) |
---|---|---|
主目的 | 治療・機能回復 | 自立支援・生活機能の維持 |
法的根拠 | 医療保険制度 | 介護保険制度 |
対象者 | 急性期・回復期の患者 | 要支援・要介護の高齢者 |
訓練内容 | 関節可動域訓練、筋力強化、歩行練習など | ADL(日常生活動作)に直結する動作訓練 |
評価指標 | 医学的な改善度(関節角度、筋力スコア等) | 自立度、生活機能チェック、QOL変化 |
このように、アプローチの目的・手段・評価方法すべてにおいて違いがあるため、病院と同じ感覚で訓練を行うと制度上の問題が生じます。
個別機能訓練加算の目的と算定要件
介護保険施設で機能訓練指導員が関わるうえで、最も重要になるのが「個別機能訓練加算」の制度です。これは、介護保険サービスの中でリハビリ的な支援を提供するために設けられた加算制度で、対象者ごとに明確な目標と計画に基づいた機能訓練を提供することで、施設が報酬を得られる仕組みです。
加算名 | 内容 | 要件 |
---|---|---|
個別機能訓練加算(Ⅰ) | 利用者ごとに設定した訓練計画に基づく個別訓練の実施 | 計画作成、定期的な評価、記録 |
個別機能訓練加算(Ⅱ) | 科学的介護情報システム(LIFE)への情報提供を伴う訓練 | 評価内容・計画などについてLIFEへのデータ提出、フィードバック、PDCAサイクルの活用 |
ここで注意すべきなのが、関節可動域訓練(ROM-ex)や疼痛緩和のみを目的とした運動は、原則として個別機能訓練加算の対象にならないという点です。加算の趣旨は、「できなかったことができるようになる」支援ではなく、「今できていることを継続できる」「生活上の課題を予防的に対応する」ことにあります。
そのため、医療現場でよく見られる「関節の角度を5度広げる」や「痛みの軽減を図る」といった目標設定は、加算算定の観点では不十分となります。(加算の目的に照らし、生活機能向上や自立支援の観点から、一時的に目標として設定することはありえます)
理学療法士が気をつけるべき実務上のポイント
理学療法士が介護施設で機能訓練指導員として働く際、もっとも大きな注意点は「治療者から生活支援者への意識の転換」です。
介護施設の利用者は、慢性疾患や加齢による身体の変化と向き合いながら、在宅生活を続けています。リハビリのゴールも「完全回復」ではなく、「現状を維持すること」「少しでも長く自分らしい生活を続けられるようにすること」に重点が置かれます。
理学療法士としての知識や分析力は、介護現場でも非常に重要です。ただし、それを「医学的な治療」ではなく、「日常生活の中で活かせる支援」として落とし込む視点が求められます。
また、個別機能訓練の対象者に対しては、訓練開始前にアセスメントを行い、課題の特定・目的の明確化・目標の数値化を行ったうえで、適切な訓練プログラムを作成し、実施・記録・評価を繰り返すPDCAサイクルを回すことが求められます。特に個別機能訓練加算を算定している場合には、3ヶ月に一度は計画内容の見直しや利用者に計画内容や評価について説明をするなどが算定要件として盛り込まれており、この点も注意が必要です。
理学療法士の強みと介護施設での活かし方
介護施設では、生活相談員やケアマネジャー、看護師、介護職員などさまざまな資格職が機能訓練指導員として勤務する中で、理学療法士は「動作分析」「姿勢分析」「運動プログラム設計」の専門性において頭一つ抜けた評価を得やすい職種です。
臥位姿勢、座位姿勢、歩行、バランス、起立、移乗、食事、入浴など、ADLに直結する動作の細かな分析と改善策の立案ができる点で、現場からの信頼も厚くなります。また、福祉用具の適切な選定や介護職へのアドバイスなど、多職種との連携面でも大きな強みとなります。
まとめ 治療から「自立支援」へ視点を切り替えることが鍵
理学療法士が機能訓練指導員として介護保険施設で働く場合、医療現場のリハビリとの違いをしっかり理解し、制度上の要件に合った支援を提供することが最も重要です。
特に次の点に注意を払うことが求められます。
- 介護保険の目的は生活機能の維持とQOLの向上であること
- 関節可動域の改善や疼痛緩和のみでは加算対象にならないこと
- 医療的な評価や治療の枠を超え、生活支援者としての姿勢を持つこと
そのうえで、理学療法士としての専門性を「生活の中の動き」に落とし込み、他職種と連携しながら支援していくことで、介護現場でも確かな存在感を発揮することができます。
参考:自立支援のケアプラン 歩行安定ニーズの目標は筋力向上ではない(介護健康福祉のお役立ち通信)